論文版はてなブックマーク(その7)の話。

 

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【宣伝】ギターも歌も下手だけど、弾き語りをやっているので、よければ聴いてください。

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はじめに。

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ちょくちょく宣伝しているが、新型コロナウイルスの論文を使って、「研究者がどうやって未知のウイルスの正体を暴くのか?」について説明した文章を一般の人向けに書いたので興味のある方はどうぞ。
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加えて、PCR検査の仕組みと、それに代わるかもしれないゲノム編集技術を応用した新しい検査方法に関する論文を一般向けに説明したので興味のある方はどうぞ。
blog.sun-ek2.com

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「論文版はてなブックマークとは何ぞや?」という話は、以前したので、以下の文章を参照のこと。
blog.sun-ek2.com


前回の話はこちらから。
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Directional quantum random walk induced by coherence

link.springer.com

著者・雑誌名。

Jin-Fu Chen, Yu-Han Ma, Chang-Pu Sun
Frontiers of Physics, January 2020



内容。

量子ランダムウォークを新たなランダムウォークの量子版として提案した論文。


元々、ランダムウォークの量子版として、量子ランダムウォークが提案された。この量子ランダムウォークは、今でいう量子ウォークのことである。僕は今まで量子ウォークの論文をいくつかこのブログで紹介したが、Quantum walkを量子ランダムウォークという風に訳していた。正しくは量子ウォーク。この論文で提案されている量子ランダムウォークは、昔、量子ランダムウォークと言われていた現在の量子ウォークとは全くの別物。


量子ウォークの粒子は、位置の状態と1量子ビットの内部状態を持つ。
 \displaystyle ρ\left(n\right)=\sum^{∞}_{x=-∞}\sum_{u=±1}p_{x,u}\left(n\right)|x\rangle_{ω}\langle x|\otimes|u\rangle_{c}\langle u|


1量子ビットの内部状態にcoin operator(この論文ではHadamard演算子)を作用させ、変化した内部状態に合わせ、粒子が移動し、その後、再び先ほどの1量子ビットの内部状態にHadamard演算子を作用させる。


量子ウォークは、1量子ビットにひたすらHadamard演算子を作用させ続けるので、始状態と終状態には相関がある。


一方で、量子ランダムウォークの粒子は、位置の状態とn量子ビットの内部状態を持つ。先ほどは、1量子ビットであったが、今回はn量子ビット。
 \displaystyle ρ\left(n\right)=\sum_{u_{l},v_{l}} |\sum_{l=1}^{n}u_{l}\rangle_{ω}\langle \sum_{l=1}^{n}v_{l}|\otimes \bigotimes_{l=1}^{n}ρ_{u_{l},v_{l}} |u_{l}\rangle_{l}\langle v_{l}|


量子ウォークは、1量子ビットの内部状態にn回、Hadamard演算子を作用させていたが、量子ランダムウォークは、n量子ビットにそれぞれ独立して、1回ずつHadamard演算子を作用させる。最初、原点で一気にn量子ビットにHadamard演算子を作用させて、得られた結果を合算して、一回で目的地に移動していると考えると、上の式は理解しやすいかも。


量子ランダムウォークは、それぞれのステップの内部状態が独立しているので、始状態と終状態に相関はない。


量子ランダムウォークの粒子の存在確率は、
 \displaystyle P_{x}\left(n\right)=\binom{n}{\frac{n+x}{2}}\left(\frac{1}{2}+Reη\right)^{\frac{n+x}{2}}\left(\frac{1}{2}-Reη\right)^{\frac{n-x}{2}}


量子ランダムウォークの粒子存在確率分布は、量子ウォークと違って、二項分布になる。これは、古典的なランダムウォークと一緒。量子ランダムウォークに特徴的なのは、η。これは、粒子の内部状態の非対角項(量子もつれ具合)にあたる。量子ランダムウォークは、古典ランダムウォークと同様に二項分布をとるが、その極大値はコヒーレント状態の影響を受ける。


その後、2次元の量子ランダムウォークについても調べていた。1次元と同様に確率分布は、二項分布。コヒーレント状態は、式(57)~式(60)のように現れる。






Controlling quantum random walk with a step-dependent coin

iopscience.iop.org

著者・雑誌名。

S. Panahiyan, S. Fritzsche
arXiv, August 2018



内容。

coin operatorが時間依存で変化するときの量子ウォークの振る舞いを調べた論文。


論文のタイトルには、quantum random walkと書かれているが、量子ウォークの話なので、先ほどの論文とは違う。quantum walkは、random walkの量子版という位置づけから、昔はquantum random walkと呼ばれていて、未だに一部ではそう呼ばれている。


coin operatorは、次のように定義される。0は、先ほどの論文の-1に対応している。
 \displaystyle \hat{C}=\cos{Tθ}|0\rangle_{C}\langle 0|+\sin{Tθ}|0\rangle_{C}\langle 1|+\sin{Tθ}|1\rangle_{C}\langle 0|-\cos{Tθ}|1\rangle_{C}\langle 1|


その後は、この時間依存の量子ウォークの挙動を調べていた。θの値によって、挙動を7つのクラスに分類したり、時間非依存の量子ウォークと挙動を比較したり。


時間非依存、時間依存、それぞれの量子ウォークは時間経過とともに粒子の存在確率が0ではない領域が増えていくが、それぞれ確率分布のシャノンエントロピーを調べてみると、決定的な違いがある。時間非依存の場合、シャノンエントロピーはどのようなθを選んでいても単調に増加する。すなわち分布形状は一様分布に近づく。一方で、時間依存の場合、θを上手く選べば、シャノンエントロピーが上昇しない。つまり、粒子の局在化が保たれた状態を維持することができる。


量子ウォークで局在化を起こすためによく使われるのは、RTNといったノイズ。このノイズを加えると確率分布の局在化が起こるが、解析が面倒くさくなる。時間依存のcoin operatorを使えば、解析の簡単さを維持したまま、RTNのように確率分布を局在化させることができる。


最後にKullback–Leibler情報量を使って、時間非依存、時間依存の量子ウォークの確率分布を比べていた。先ほどの挙動によるクラス分けは、Kullback–Leibler情報量の大きさによって出来そう。






Aperiodic space-inhomogeneous quantum walks: localization properties, energy spectra and enhancement of entanglement

journals.aps.org

著者・雑誌名。

A. R. C. Buarque, W. S. Dias
Physical Review E, September 2019



内容。

coin operatorが位置依存で変化するときの量子ウォークの振る舞いを調べた論文。


coin operatorは、次のように定義される。↑、↓は、先ほどの論文の1、0に対応している。
 \displaystyle \hat{C}_{n}=\cos{θ_{0}n^{ν}}|↑\rangle\langle ↑|+\sin{θ_{0}n^{ν}}|↑\rangle\langle ↓|+\sin{θ_{0}n^{ν}}|↓ \rangle\langle ↑|-\cos{θ_{0}n^{ν}}|↓ \rangle\langle ↓|


 \displaystyle nは、原点からの距離。今回は、 \displaystyle θ_{0} \displaystyle νを変えて、量子ウォークの挙動がどのように変わるのか調べている。


使っている指標は、survival probability (SP)とinverse participation rate (IPR)。前者は、tステップ後に原点で粒子を検出する確率。後者は、確率分布のなだらかさ・広がりを表す。


 \displaystyle θ_{0} \displaystyle νを変えることによって、SPとIPRが変化する。この論文では、この現象の詳細な解析をエネルギースペクトルを使って行っている。エネルギースペクトルは、横軸が \displaystyle \hat{T}_{n}\hat{C}_{n}の固有値の通し番号、縦軸がエネルギーのグラフ( \displaystyle \hat{T}_{n}はsift演算子)。 \displaystyle \hat{T}_{n}\hat{C}_{n}=e^{-iH_{eff}}とすると、エネルギーは、 \displaystyle E_{k}=-i\log{λ_{k}}となる。 \displaystyle λ_{k}は、 \displaystyle \hat{T}_{n}\hat{C}_{n}の固有値。


 \displaystyle E_{k}は、粒子の波束(≒存在確率分布)の運動エネルギーに対応していて、エネルギーの縮退度とか、エネルギーバンドの値とかで、SPやIPRを説明することができる。


次は、粒子の内部状態と位置の量子もつれの話。 \displaystyle θ_{0} \displaystyle νを変えたときのフォン・ノイマンエントロピーを調べている。 \displaystyle νが小さいときは、 \displaystyle θ_{0}がどうであれ、位置依存の量子ウォークのフォン・ノイマンエントロピーは、位置非依存のものに比べて大きくなる。しかし、 \displaystyle νが大きくなると、 \displaystyle θ_{0} \displaystyle 0, π, 2π近辺、もしくは \displaystyle \frac{π}{2}, \frac{3π}{2}の時しか大きくならない。


最後は、coin operatorが位置依存で変化するときに量子もつれ度合(フォン・ノイマンエントロピー)は、ある極限に収束するか調べている。tステップとt+1ステップの密度行列のトレース距離を測り、値がどんどん小さくなれば、フォン・ノイマンエントロピーが収束していると言える。今まで、時間変化しない不均一さが存在している条件下では、フォン・ノイマンエントロピーは一定の値に収束しないと考えられていたが、この論文ではそういった条件でもフォン・ノイマンエントロピーが収束する可能性を示した(「時間変化しない不均一さ」=「coin operatorが位置依存で変化する」)。






One-dimensional quantum walks driven by two entangled coins

www.semanticscholar.org

著者・雑誌名。

S. Panahiyan, S. Fritzsche
arXiv, October 2018



内容。

量子もつれ状態の2量子ビットの内部状態を持つ粒子を用いた量子ウォークの振る舞いを調べた論文。coin operatorは、量子もつれ状態ではない。論文で使われている初期状態は基底の違いによって3種類に分けられている。


この論文では、sub-coin operator(coin operatorは2つのsub-coin operatorのテンソル積)、初期状態の各種パラメータを振って、それらパラメータが量子ウォークに与える影響を調べている。


分布形状とか分布の分散は、初期状態のパラメータではなく、coin oparatorに依存している。sub-coin operetorsが同一なら、パラメータの選び方によって、古典的な局在化を起こす。同一でない場合、古典的な振る舞いは見られない。また前者は、分布幅が広くピークが鋭い。後者は、粒子が存在確率は全体に広がっている。sub-coin operetorsが同一の場合、 \displaystyle |10 \rangle_{C}, |01 \rangle_{C}の確率分布には、何の影響も及ぼさないが、同一ではない場合、影響を及ぼす。またcoin oparatorの選び方によって、従来の研究では見られなかった4本のピークを持つ確率分布が得られる。


次にそれぞれのパラメータに対するフォン・ノイマンエントロピーを調べていた。初期状態の量子もつれ度合が最大の状態はエントロピーが最大になる必要条件。coin operatorのパラメータの選び方によって、量子もつれ度合が最大であっても、エントロピーが最小になることがある。






A Quantum Algorithm to Efficiently Sample from Interfering Binary Trees

arxiv.org

著者・雑誌名。

Davide Provasoli, Benjamin Nachman, Wibe A. de Jong, Christian W Bauer
arXiv, August 2019



内容。

干渉作用のある二分木からデータをサンプリングするアルゴリズムの論文。マルコフ連鎖しているデータのサンプリングには、マルコフ連鎖モンテカルロ法を使うが、この方法を量子系に直接使うことはできない。量子系の確率振幅の干渉をこの方法では加味することができないからである。この論文のアルゴリズムを使えば、量子系のマルコフ連鎖しているデータ列を直接サンプリングできる。


二分木は、その名の通り一つの木のような形をしたデータ構造。ぞれぞれのノードに対して、下層に繋がる2本のエッジがついている。古典的な二分木の場合、n層あれば、 \displaystyle 2^{n}通りの経路があるが、量子的な二分木の場合、スピンの自由度も加えると、 \displaystyle 4^{n}通りの経路がある。しかし、式(7)のようにスピンの基底を回転させたもので新たに基底を張り直せば、スピン反転を伴わない二分木ができる。
(この手法を使うことができる問題は限られる。たぶんn層すべてにおいて、単一の回転行列を作用させれば、スピン反転が起きないという仮定が一般性を損ねているのだと思う)


式(7)のλが0の場合、マルコフ連鎖モンテカルロ法と今回の提案手法の結果は一致する。 \displaystyle |↑ \rangle \displaystyle |↑ \rangle \displaystyle |↓ \rangle \displaystyle |↓ \rangleにしかならず、 \displaystyle |↑ \rangle \displaystyle |↓ \rangle間の遷移は起こらないので、古典的なものと変わらない。一方でλが0.5だった場合、 \displaystyle |↑ \rangle \displaystyle |↓ \rangle間の遷移が起こるので、両者は一致しなくなる(張り直した基底では起こらないが、オリジナルの基底では起こる)。古典的な二分木の場合、一つのノードに到達する経路は1通りしかないが、量子的な二分木の場合、 \displaystyle |↑ \rangleからやってくる場合と \displaystyle |↓ \rangleからやってくる場合の2通りがあり、またそれらの確率振幅は互いに干渉し合う。


加えて、具体的な量子回路の考案や通常のコンピュータで量子系のサンプリングをシミュレートすることができるようなアルゴリズムも考案していた。

 

 

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