Jeremy L. England "Statistical physics of self-replication"「自己複製の統計物理学」を読んだ話。

目次。

 

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はじめに。

実は最近、税務署に開業届を出して個人事業主になっていました。個人事業の方に力を入れていたので、ずっとブログをサボっていました。すみません。

 

個人事業主になった話もそのうちブログに書きます。

 

今回は、僕が研究室の雑誌会で紹介した論文に関する話。

 

 

雑誌会(ジャーナルクラブ)とは?

一般の人は、雑誌会(ジャーナルクラブ)という言葉をあまり聞いたことがないと思うので少し説明。

 

理系の研究室では、学生が持ち回りで、論文を選んで、読んで、その内容を研究室の人たちに紹介する。これがいわゆる雑誌会。論文の輪読会と言えば、分かりやすいかも。ジャーナルクラブとも言われるが、僕はカタカナ語があまり好きではないので、いつも雑誌会と言っている。

 

 

 

 

Jeremy L. England "Statistical physics of self-replication"。

arxiv.org

 

雑誌会に使ったスライド。

スライドは一般の人向けには作っていないが、ブログに載せているこの文章は一般の人向けに書いている。

 

雑誌会の準備を通じて、非平衡統計力学にハマったので、本を買った。

 

他におすすめがあったら教えてください。

 

 

どんな論文?

生物は自己複製する(自分のコピーを作る)。バクテリアは細胞分裂によって1匹から2匹になる。これは、生物の自己複製の一例。人間だって細胞分裂を行う。

 

バクテリアが1匹から2匹になるのは、ありふれた現象。中学校くらいの理科の教科書に写真が載っていたと思う。

 

しかし、1匹のバクテリアが2匹になる現象は見たことがあっても、細胞分裂した2匹のバクテリアが再びくっついて、1匹に戻る現象は見たことがないと思う。

 

細胞分裂はありふれた現象であるが、その逆再生(分裂した2つの細胞が分裂前の1つの細胞に戻る)を見る機会はほぼない。自己複製(細胞分裂)は、「不可逆的」。

 

「不可逆的」な現象は、他にも色々ある。

  • インクを水に垂らしたら、インクが広がるが、水の中で広がったインクが一か所に集まることはない(インクを垂らした瞬間の状態に戻ることはない)。
  • コップに入れた熱いお茶をしばらく放置すると冷める(熱が逃げる)が、冷えたお茶が周囲の熱を集めて、再び熱いお茶になることはない。
  • 覆水盆に返らず(コップからまけた水は再びコップの中に入ることはない。水がまける前の状態には戻らない)。

…などなど。

 

こういった文言に対応するのが「熱力学第二法則」。「エントロピー増大則」といった話は、ここら辺で出てくる。

 

これまで「熱力学第二法則」によって、身の回りにある自然現象の「不可逆性」について考えられてきた。

 

「紙を燃やすと二酸化炭素ができるけど、空気中の二酸化炭素が集まって、紙にならないのは何で?」とかいったことは、「熱力学第二法則」を使って考えることができる。

(「二酸化炭素→紙」という反応のギブスの自由エネルギー変化は正。よって、この反応は起こらない)

 

じゃあ、生物の自己複製の「不可逆性」も「熱力学第二法則」を使って考えることができるの?

…といった疑問が湧く。

 

「バクテリア1匹→2匹」も「紙→二酸化炭素」のときのように考えればいいのでは?

…なんて思う人がいるかもしれないが、実は、そう簡単にはいかない。

 

なぜなら「熱統計力学」は、「何も変わらない状態(平衡状態)」の移り変わりしか取り扱うことができないから。

 

「紙」をしばらく放置していても、ずっと「紙」のままであり、「二酸化炭素」をしばらく放置していても、ずっと「二酸化炭素」のままである。紙も二酸化炭素も何も変わらない状態(平衡状態)なので、「紙→二酸化炭素」を熱統計力学で考えることができる。

 

しかし生物の場合、一見、安定しているように見えるが、細胞の中では無数の化学反応が行われている。これは、何も変わらない状態(平衡状態)から程遠く、熱統計力学で取り扱うことができない。

 

これをどうにか解決して、「バクテリア1匹→2匹の不可逆性」を熱統計力学で(計算できる形で)考えようっていうのが今回の論文。

 

 

 

 

役に立つの?

「生命とは何か」という問いに迫ることができる。

「生命とは何か」は、量子力学の分野で有名なエルヴィン・シュレーディンガー博士の講演をまとめた歴史的な啓蒙書。

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エルヴィン・シュレーディンガー博士は、DNAの構造もまだ分かっていない時代に「物理学を武器に生命を解き明かす」という研究の狼煙を上げた。

 

物理学は自然現象を曖昧さがない厳密な言語である数学を使って書き記す学問。「生命とは何か」を物理学で解き明かすということは、厳密な形で「生命とは何か」という問いに答えることができるということだ。

 

「この数式(物理法則)に従う自然現象は『生命』である」といった具合に「生命」という自然現象を厳格に定義できる日が来るかもしれない。

 

もちろん「生命を物理学で解き明かす」という研究は、まだまだ発展途上。道のりは長い。

 

今回紹介した論文は、熱統計力学を武器に「自己複製」という生命が持つ特徴の1つに攻め入った研究。

 

 

生物を使った物質生産技術が発展する(PCR検査が安くなるかも?)。

一応、僕は生物工学の学科目出身なので、生物工学の話もする。

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生物を使って様々な製品が作られている。

酒、味噌、醤油といった食品は馴染みが深い。

 

近年だと、多くの薬が生物を使って作られている。それらの薬はバイオ医薬品と言われている。以前、話をした「オプジーボ」という抗がん剤も生物を使って作られている。世界で売られている薬の売り上げのうち、約50%がバイオ医薬品。

 

さらに最近は、新型コロナウイルス感染症の影響で「PCR検査」が流行っている。「PCR」は、「ポリメラーゼ連鎖反応」の略。そして「ポリメラーゼ」というタンパク質(酵素)は生物を使って作られている。新型コロナウイルスはRNAウイルスなので、逆転写反応(RT)を行わないとPCRすることができない。PCR検査でPCRの前に行う逆転写反応に必要な「逆転写酵素」も生物を使って作られる。

 

もちろん、ワクチンも生物を使って作られる。

 

熱統計力学の視点で捉えると、生物は一種の熱機関であるといえる。

 

食品やバイオ医薬品やPCR酵素やワクチンなどを生産する一種の工場である。熱統計力学などが発展し、車などの熱機関の燃費などが向上したように、生物を物理学で捉える枠組みが発展することによって、生物という熱機関の効率が向上するのではないかと思う。

 

特にバイオ医薬品やPCR酵素などは、むちゃくちゃ高い。燃費のいい車を作るように、燃費のいい生物を作ることができれば、バイオ医薬品やPCR酵素がより安く大量に生産できるかもしれない。

 

=====

PCRを「新型コロナウイルスを検査する技術」だと思っている人が多いと思うが、実はそうではない。PCRはDNAを増幅する技術。

 

DNAは、生命の設計図が保存されていて、生物にとって一番大切な分子。生物系の研究は、この生物にとって一番大切なDNAをいじくることが多い。そして、そのDNAをいじくるために必要不可欠な技術がPCR。

 

世界中の生物系の研究室で一番、消費されている酵素は、PCR酵素なんじゃないかって思う(あくまでも多分)。これらPCR酵素は高価。

 

日本でPCR試薬を作っている有名な会社は以下の2社だと思う。どっちもむちゃくちゃお世話になっています。

製品情報一覧|タカラバイオ株式会社

PCR / RT-PCR - 製品情報 | 東洋紡株式会社

*PCR検査はPCRの前にRTを行う。紹介したのは研究用の試薬。医療用の試薬も別にあると思うが、中身は大体、一緒だと思う。

 

やっぱりPCR試薬は高い。もっと安くなればいいな。。。

 

ちなみに新型コロナウイルス関連の論文を一般の人向けに解説した文章を書いているので、よければどうぞ。

blog.sun-ek2.com

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さいごに。

僕が所属しているのは、「生物系」かつ「実験系」の研究室。僕以外の研究室の人たちは、「生物系」かつ「実験系」の論文を紹介する。

 

ほぼ、僕しか理論系の論文を紹介しない。そして僕は、雑誌会で生物系の実験論文を紹介したことは一度もない。

 

僕を含め、研究室のほとんどの人が生物系の実験屋さんなので、僕が面白いなと思って、紹介する理論系の論文は、彼らにはあまり歓迎されない。

 

そして、僕は生物系の実験屋さんであるが、彼らが面白いと思って紹介している生物系の実験論文があまり面白いと感じない。

 

僕が面白いと思っているものと、周りの人が面白いと思っているものの間には、絶望的な壁が存在している。

 

自分の興味・関心を殺して、周りの人のご機嫌を取る論文を選ぶのが無難であるが、僕にはそんなことはできないので、周りに一切合わせずに自分の興味・関心がある論文を選んだ。

(けれども、世渡り上手になるために自分の興味・関心を押し殺して、周りに合わせる練習をしないといけないな)

 

もちろん、自分の興味・関心がある論文と言っても、所属している研究室と深く関連している論文を選んでいる。僕の所属している研究室ほど「自己複製」に関係がある研究室は他になかなかないと思う。

(さすがに量子機械学習みたいな研究室と全く関係がない論文は雑誌会で紹介しないです。それは、このブログで紹介しているので、よければどうぞ)

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最初は、どうにか研究室の人にこの論文の面白さを伝えたいと思って、エントロピーの基本的な説明用スライドなんかを作っていたが、それが無理だということがすぐに分かった。論文を読み進めていくために必要な知識が多すぎて、雑誌会で紹介しきれないのである。

 

そして、僕がいつも雑誌会の発表で感じる殺伐とした風景が目に浮かんだ。

 

「僕は、この論文の内容がものすごく面白いなって思っているけれども、きっと雑誌会で紹介したら場が白けてしまうんだろうな…」

 

そして、急に閃いた。

 

「そういえば、僕はブログを書いているんだった。じゃあ、ブログに雑誌会のスライドを載せて、僕が面白いと思っているものに興味を持ってくださる人に見てもらおう」

 

周りに共有することができず、僕がこの論文を読んで感じた「ワクワク感」が人知れず死んでしまわないように、ネットの世界を通じて、見知らぬ人たちにこの「ワクワク感」が伝わればいいなと思う。

 

 

この論文を選んだ理由は、僕が今後やりたいことに直結しているから。

「生命とは何か」を物理学で記述してみたい。

 

 

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