エルヴィン・シュレーディンガー博士「生命とは何か」を読んだ話。

目次。

 

 

 

 

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はじめに。

前から読もう、読もうと思って、ずっと積読していたエルヴィン・シュレーディンガー博士が書かれた「生命とは何か」(副題 物理的にみた生細胞)を読んだ。この本は、シュレーディンガー博士が一般向けに講演した内容をまとめたもの。

シュレーディンガー博士と言えば、「シュレーディンガー方程式」とか、「シュレーディンガーの猫」とか。前者は、理系の人なら聞いたことがあるはず、後者は、文系の人でもどこかで聞いたことがあるかもしれない。

シュレーディンガー博士は、波動力学という視点から量子力学の確立に多大な貢献をされた物理学者。この功績により、ノーベル物理学賞を受賞されている。そしてシュレーディンガー方程式は、量子力学の基本方程式となっている。

量子力学は、20世紀前半に誕生した物理学。一般相対性理論と並んで、現代物理学の根幹をなしている。しかしながら、現在の形で残っている量子力学は、シュレーディンガー博士の望んだものではない。シュレーディンガーの猫は、シュレーディンガー博士が量子力学を攻撃するために考案された思考実験。(皮肉なことに、今は量子力学のすごさ・不思議さを一般向けに説明するためにこの猫が持ち出されている)

「生命とは何か」は、1944年に書かれた本。DNAの構造はおろか、遺伝子がDNAにコードされていることすら分かっていなかった頃に書かれた本。

 

今日の物理学と化学とが、このような事象(生命)を説明する力を明らかに持っていないからといって、これら科学がそれ(生命)を説明できないのではないか、と考えてはならないのです。

 

この本は、あらゆる分野の研究者を鼓舞し、「生命とは何か」という問題に対し、物理学という武器で切り込んでいった歴史的な啓蒙書。

 

 

 

 

生命とは何か

一通り読んでみたが、結構読みにくい本。数式はほとんど出てこないが、なんだか大学入試の現代文の問題を解いている気分。自分なりの解釈を書いてみた。間違いがきっと含まれているので、鵜呑みにしないで。僕には、難しいですわ。

 

 

第一章 この問題に対して古典物理学者はどう近づくか?

「きまじめな物理学者」曰く、生命は、「たくさん」の原子から構成されなくてはならない。「たくさん」の原子でできているからこそ、生命は厳密な物理法則の下、秩序だった営みを送ることができる。

 

物理学には、統計的な性質がある。といってもピンと来ないと思うので例を。この本では、磁性やブラウン運動の話をしていたが、ここではもっと簡単な例を。

おもりをひもで引っ張ると、おもりが動く。ランダムに動くわけではない。加えた力に対応して動く、秩序だった運動である。一方、おもりを構成している原子に注目してみると、ランダムに振動している。無秩序な運動である。けれども無秩序な原子がたくさん集まったら、秩序だった運動をするおもりになる。膨大な原子が集まることで、ランダムな運動が相殺される。これが所謂、統計的な性質である。物理学は、無秩序な原子が集まった秩序だったものを対象としてきた。そのため、物理法則も必然的に統計的な性質をもつ。

 

原子の運動は無秩序。無秩序な原子が多数集まると秩序だって見える。生命は、秩序だったものである。その秩序を維持するためには、多数の原子が必要という話。

 

 

第二章 遺伝の仕組み

「きまじめな物理学者」の考えはどうも正しくないらしい。生物の秩序だった特性は、遺伝子によって決まる。どうも遺伝子は、「少数」の原子の集団から出来ているようである。物理法則のように「たくさん」の原子は必要ではない。

 

少数の原子の集団を今の言葉で言うなら、DNA。前述したとおり、この頃はDNAの構造も分かっておらず、遺伝子はDNAではなくてタンパク質であると言われていた。第二章は、ひたすら遺伝の話。生物系の学生なら誰もが勉強する内容。(体細胞分裂、減数分裂、乗り換えなど)理論物理学者が生物の話を延々と書いているのはなんだか不思議。

 

 

 

 

第三章 突然変異

生物は、突然変異と自然淘汰で進化する。突然変異における生物の特性の変化は、連続ではなく不連続。

 

連続的な生物の特性と言えば、例えば大麦の背の高さとか。背の高い大麦から種を取ってきて、それを育てたとしても背の高い大麦はできない。非連続な生物の特性と言えば、例えば、芒(針みたいなやつ)の有無とか。背の高さは、高い、低い以外に中くらいの背丈のものがある。しかし、芒は、芒がある、ないの2択であり、あるとないの中くらいはない。

 

第三章は、ひたすら突然変異の話。遺伝子の優性・劣性(今は、顕性、潜性)、X線による突然変異など。

 

 

第四章 量子力学によりはじめて明らかにされること

遺伝子の構造が奇蹟に近い永続性をもつのはなぜか。このような永続性を説明するには、遺伝子の物質構造は「分子」以外にはありえない。そして分子の持つ安定性は化学結合の量子理論で説明することができる。また、非連続な分子構造の状態遷移(量子飛躍)のことを突然変異という。

 

重ねて言うと、この本は遺伝子の実体が何かわかっていなかったときに書かれた本。ここでは、遺伝子がなにかしらの分子でできており、分子が持つ安定性から遺伝子の永続性(何世代にも渡って正しく遺伝子が伝わる)について説明している。化学結合の量子理論として、ハイトラー-ロンドン理論が紹介され、以後、この理論を下に話が進む。ハイトラー-ロンドン理論と聞いてもピンと来なかったが、実は原子価結合法のこと。他にも化学結合の量子論に分子軌道法とかがある。原子価結合法も分子軌道法も学部1、2回生ぐらいに勉強したが、結構忘れていた…。(具体的な理論の詳細には立ち入っていないので、ご安心を)

 

量子論は、「あらゆるものはとびとびですよ」という理論。自然は、連続的なものであると考えられていた時代に突如現れた「自然は、不連続なものである」という理論。エネルギーもとびとびで、分子は、 \displaystyle E_{a}というエネルギー量、 \displaystyle E_{b}というエネルギー量をとることができても、 \displaystyle E_{a} \displaystyle E_{b}の中間のエネルギー量をとることはできない。そんなことは、量子論、そして自然法則が許さない。

 

エネルギー量 \displaystyle E_{a} \displaystyle E_{b}は、それぞれエネルギー準位と呼ばれる。分子の構造とエネルギー準位には対応関係がある。構造aに対応する準位は \displaystyle E_{a}、構造bに対応する準位は \displaystyle E_{b}といった具合。ここでは、構造aをとっている分子が遺伝子であると言っている。構造aから構造bに遺伝子を変化させるには、 \displaystyle E_{a} \displaystyle E_{b}の差分のエネルギーを注入しなくてはならない。中途半端なエネルギーを注入しても、構造aは変わらない。構造a(遺伝子)が変わらないということを言い換えると構造a(遺伝子)は壊れないということになり、つまりエネルギーがとびとびのおかげで遺伝子は永続的であるということ。

 

エネルギー準位aからbへの遷移、つまり非連続な構造遷移(量子飛躍)のことをシュレーディンガー博士は、突然変異と呼んでいる。シュレーディンガー博士は、遺伝子の物質構造である分子の構造が変わることによって遺伝情報が変わると考えていたよう。現在では、遺伝情報は分子の構造ではなくて、分子の配列(ATGC)によって記されていると考えられている。

 

 

 

 

第五章 デルブリュックの模型の検討と吟味

遺伝子は、分子からなる。分子と固体、結晶は本質的には同じである。遺伝子は、同じ構造が周期的に続く退屈な結晶ではない。遺伝物質、染色体繊維の各々の部分は、個性ある役割を演じる原子集団が集まった「非周期性結晶」である。

 

ほかに統計力学的な視点からの遺伝物質の熱安定性やX線による変異の話があったが、ここでは省略。

 

 

第六章 秩序、無秩序、エントロピー

エントロピーは、無秩序さの指標。宇宙は、秩序だった状態から無秩序な状態へと変化している。(熱力学第二法則)生命も宇宙の一部なのでこれには逆らえない。生命の死とは、熱力学的平衡状態、すなわちエントロピーが最大になること。生命は生きるため、エントロピーが増大しないように負のエントロピーを取り入れる。外から秩序を取り入れる、逆に言うと生命活動で生まれた無秩序(エントロピー)を外の世界に絶えず捨てている。

 

[読み飛ばして]

第六章には、「負のエントロピー」についての3ページにわたる注釈がある。この話は、ほかの物理学者から疑義や反駁を受けたそう。一般聴衆のことを考えて、「ギブズの自由エネルギー」を使わなかったらしい。

 

負のエントロピーは、非生命でも取り入れる。高熱源が低熱源へ熱を渡したら高熱源のエントロピーは下がる。もちろん高熱源、低熱源を合わせたエントロピーは増大するが。負のエントロピーの話をするのであれば、生命が断熱された系であるという前提がいる。けれども生命はもちろん孤立系ではない。熱の出入りも含めるためには、熱力学第二法則の変化版であるギブズの自由エネルギーで話をしなくては。

そういえば、その話に絡んで注釈で「生物が熱を発するのは、エントロピーを処分するため」なんで言葉も見受けられたんだが、この視点は今まで持ってなかった。

 

 

 

 

第七章 生命は物理学の法則に支配されているか?

秩序性を生み出す機構は「無秩序から秩序へ」、「秩序から秩序へ」の2つがある。マックス・プランク博士の言葉を用いれば、「統計的法則性」(無秩序な原子、分子が膨大な数集まることによって見えてくる法則)と「力学的法則性」(原子、分子の相互作用を支配している法則)。従来の物理学は前者しか扱っておらず、後者を包括していない。生命の原理は、物理学とは相いれないものなのか?-そんなことはなく、生命の原理は、量子力学の原理以外何物でもない。

 

統計的法則性(従来の物理学)に従っているものでも、「秩序から秩序へ」、すなわち力学的法則性に従っているように見えるものがある。時計は、秩序だった部品が集まって、秩序だった動きをしている。時計の周りの分子の無秩序な運動の影響を受けていないようである。しかしながら、時計の周りの分子の無秩序な運動が時計の動きを狂わせる可能性もある。可能性はほとんど0であるが、可能性は0ではない。時計は、無秩序な運動の影響を受けるので、統計的法則性に従っていると考えなければいけない。

 

物体の温度が下がると、その無秩序さが小さくなる。温度の低下によって、原子、分子のランダムな運動が小さくなるからである。原子、分子のランダムな運動が小さくなると統計的法則性に従うものでも、近似的に力学的法則性に従っているように見なせるのではないか。そして、近似的に時計が力学的法則性に従っているように見なせる温度は、室温である。生物体の場合も同様に室温。

時計と生物体に共通する特徴は、両者とも「固体(結晶)」であるということ。これらを構成する原子は、ハイドラー-ロンドンの力(ハイドラー-ロンドン理論、量子力学の理論)によって、形が保持される。原子、分子の無秩序な運動に負けない力である。

生物体も時計も室温で力学的法則性に従っていると見なせる。そして、生物体は一種の時計のような機械であり、非周期性結晶は生物機械の歯車である。

 

 

エピローグ 決定論と自由意思について

…よくわからん。表面的な意味はわかるけども。訳者のあとがきで、訳者の方も最初、何を書いているかわからんとおっしゃっていたのでそんなもんか…。

一言でいうとエピローグは、哲学的、宗教的な視点からの「私とは何か」。

 

 

 

 

おわりに。

この本では、少数原子集団からなる遺伝子、つまり非周期的結晶(今でいうDNA)の秩序性と永続性を手始めとして「生命とは何か」に挑んでいた。1944年に書かれた本、DNAの構造はもちろん、遺伝子がDNA上に載っていることすら知られていなかった頃に書かれた本。今の科学から見ると間違っている点がいくつかあり、またこの本から目新しさを得ることはできない。ただ、物理学で生命に切り込もうとしたこの本は、多くの研究者に影響を与えて、分子生物学と呼ばれる巨大分野が生まれるきっかけになった。

 

シュレーディンガー博士は、分子(遺伝子、非周期性結晶)の「秩序性」と「永続性」を量子力学(ハイドラー-ロンドン理論、もしくは原子価結合法)で記述しようとしていた。

 

僕は、シュレーディンガー博士とは別の視点から「生命とは何か」を量子力学で描ければ、、、なんて思う。

 

最後に第七章の最後の言葉を引用して終わる。

最も著しい特徴は、ただ一つの歯車(各細胞内にある非周期性結晶、つまり遺伝物質)ももちろん人間がつくった粗雑なものではなく、量子力学の神の手になる最も精巧な芸術作品だという事実です。

 

 

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