「2019年と2020年」の話。

目次。

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
ちなみに前言った年越し・学振補欠うどんはちゃんとやりました。4軒、うどん屋をはしごしました。当たり前なのですが、学振焼肉するより圧倒的に安上がりです。

blog.sun-ek2.com

 

 

 

はじめに。

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アイキャッチ画像は、高松港あたりからの瀬戸内海。岸から見えるのは、たぶん女木島(鬼ヶ島)。実は、鬼ヶ島は香川県にある。桃太郎は、岡山のイメージが強いが、香川にだって桃太郎伝説はある。前回のブログ記事を書いた数時間後、帰省途中の新幹線の中で、研究のデータ、書きかけの修論、今まで開発してきたプログラムのコード、その他たくさんのデータを抱えたままパソコンがご臨終してしまった...。電源を入れても画面は真っ黒。と言うわけで現実逃避のためにとりあえず海へやってきた(そもそも実家から瀬戸内海は近いのだが)。

 

結局、パソコンは直らずじまい。パソコン屋を3軒まわって、修理をお願いしたが、皆が口をそろえて言う言葉は、「うちでは無理です」

 

けれども、なんだか自分で分解できそうだったので、パソコンをこじ開け、中からSSDをほじくり出し、そっからデータを無事に救出することができた。

 

僕は、いつもwordでブログの文章を書いて、はてなブログの投稿ページにコピペして、記事を投稿するのだが、僕のパソコンは逝ってしまったので、親のパソコンを借りて、文章を書いている。使っているワープロソフトは、ジャストシステムの「一太郎」。ものすごく懐かしい...。

 

 

 

 

2019年。

海外大学院出願準備。

この1年間、ほとんど海外大学院出願のことを考えていた。

 

海外の大学院に行きたいと思い立ったのは、今から6年前、高松高校補習科時代(浪人時代)の12月。そこから大学時代も海外大学院進学のことをずっと考えながら過ごしていたが、学部時代はその想いを具体的な行動に移せなかった。本当は、学部を終えて修士から海外に行きたかったが、英語力のなさ、そして将来のビジョンを思い描くことが全くできず、それは断念した。そのため、日本で修士を終えてから、海外大学院の修士に入り直すという具合に進路を変えた。

 

つまり、問題を先延ばしにしたのである。4年かけて海外大学院進学を実現できなかった。ならば、後2年、期間を先延ばしにすれば、きっと海外大学院進学は実現できるであろう...なんて楽観的に考えることはできなかった。結局2年延長しても、学部時代の二の舞になるのではないのか、そんな恐怖で一杯だった。

 

けれども、2019年は、「海外の大学院で博士号をとりたい」という補習科時代から漠然と抱いていた想いを「海外大学院出願を完了させる」という具体的な行動に落とし込むことができた。受かった落ちたはまだ分からないが、少なくとも、口だけで何も行動を起こさなかった学部時代の二の舞にはならなかったのである。

 

 

初の海外。

昨年は、生まれて初めて海外に行った。そして初海外が一人ニューヨークになるとは、夢にも思っていなかった。ニューヨークで開かれた学会でポスター発表をし、その後、ボストン・ケンブリッジに行った。そう、第一志望のMIT物理学専攻に訪問するためである。僕が興味を持っている先生には、あいにく会えなかったが、実際にMIT物理学専攻を訪れて、海外大学院出願のモチベーションが上がった。

 

これは、まだブログで書いていないが、日本に帰る途中に乗り換えで、訪れたドバイもむちゃくちゃ印象に残っている。

 

ちなみに海外に加えて、国内も色々なところに行った。北海道や沖縄、福岡(実は生まれ故郷)など。沖縄では首里城を訪れた。(僕が行った4日後に首里城が全焼するなんて...)

 

 

東大の大学院へ。

昨年の4月、修士2年目から急遽、東大院へ移ることになった。周りの人に勘違いされることが時々あるので念のために言っておくと、僕は東大院にいるが、阪大院生である。修士の学位は、阪大から頂く。阪大院生が東大院に出向しているとでも言うと分かりやすいと思う。

 

修士1年目、かつて第一志望で入った研究室が事実上のお取り潰しになってしまい、色々と思うところがあったり、悶々としたりしている中で、東大院にいける機会を頂いた。(あまりここを深掘りするのはよそう...)

 

修士2年目は、僕が第一著者の論文が出たり、共著の論文が出たり、研究費と生活費獲得のために学振の申請書を書いたりと、一気に研究者としての階段を駆け上がった一年だったと思う。その反面、研究がずっと思うように進まないことに対するやるせなさと海外大学院出願を進めるために膨大な研究時間を犠牲にしたことに対する罪悪感で、結局は東大へ行っても、一年間、悶々としていた。

 

東大に移って、「場の量子論」の講義を聴講する機会を頂いた。そもそも学部4年の頃に独学していたのだが、修士に入ってしばらく勉強していなかった。また場の量子論がやりたいと思い立って、聴講を始めたのである。そして、ありがたいことにこの講義を担当されていた先生と仲良くなって、海外大学院の推薦書を書いていただくことになった。偶然にもその先生は、MIT物理学専攻で数年間、研究されていた方だった。この偶然の巡り会いは、僕の海外大学院出願準備に多大な影響を与えるものであった。

 

学部2年の頃からお世話になっている奨学金財団がある。恐らく他の財団では考えられないくらい奨学生間、財団と奨学生のつながりが強く、かなり独特の文化がある財団である。しかしながら、その繋がりは西日本、東日本で分断されており、僕は東日本の人たちと今まで全く交流してこなかった。そんな中、この4月に東京に引っ越し、東日本の奨学生と毎日、交流する環境に身を置かせていただけることになった。また、新しい人脈が増えた反面、今まで長らく会わなかった高校の同級生と会う機会も増えた。僕の高校は、東京に出てくる人が多いのである。この1年は、人間関係が大きく変わった。

 

 

 

 

2020年。

2020年の目標は、こんな感じ。

 

 

博士課程。

修士課程が終わったら博士課程に進学するつもりなので、海外大学院と東大大学院に出願した。海外大学院は、ただいま結果待ち。そして東大の行きたい研究科の院試はまだ始まっていない。まだ進路が確定していないので、博士課程に進んだ後の目標は...分からない。海外大学院の院生になる可能性もあれば、東大大学院の院生になる可能性もあり、なんなら現段階でどの大学院にも受かっていないので、無職になる可能性だってある。...恐ろしや。恐ろしや。

とりあえず、今の時点では、無職にならないことが目標。

 

 

開発している株式自動売買プログラムで実際に株式の自動売買を行う。

昨年から本格的に株式自動売買プログラムの開発を始めた。

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自動売買に必要なプログラムのコードは、おおよそ開発が終わり、お金を使わない状態で、自動売買のデモを行い、プログラムの出力結果をしばらくTwitterに垂れ流していた。

 

今年は、もう少し実用的なアルゴリズムを考案し、それを実装し、実際にお金を使って、株式の自動売買を始めたいと思う。

 

今後、大胆な挑戦ができるように早いうちから経済的な地盤をしっかり固めておきたい。

 

 

研究室とは完全に独立して論文を出す。

このブログを通じて知り合った、そして実は僕の学部時代の学科の先輩で、現在イギリスの大学院の博士課程にいらっしゃる方が昨年、研究室でやっている研究と完全に独立して、お一人で研究をされて単著論文を出しまくっていた。

 

今まで、学術論文の著者には、大学教員がいる、つまり何かしらの形で大学教員が研究に絡むのが普通であると思っていたので、これには度肝を抜かれた。論文は、一人でも出せるのである。

 

僕も研究室とは完全に独立した研究をやってみたいとずっと思っていたが、論文化したいとまでは強く思っていなかった。しかし、単著論文をバンバン出しまくる先輩を見て、僕も、独自で行った研究を論文にしたいと思うようになった。

 

考えているのは、株式自動売買プログラムに絡んだコンピュータアルゴリズムの研究。もっと具体的に言うと、進化アルゴリズムに関する研究。これを一人で回して、なんとか論文という形にしたいと思っている。

 

研究。

学部4年の頃からずっとやっている研究テーマがあって、それをできる限り進めたい。この約3年間、あんまり前に進んでおらず、ちょっと弱気になっている。残された時間、どうにかこうにか、一歩でも研究を前に...。

 

そんなわけで、今年もゆるゆるブログに文章を書いていこうと思うので、読んでいただけると嬉しいです。

 

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